仙台高等裁判所 昭和56年(ネ)134号 判決 1983年3月07日
控訴人(被告) 山口久太郎
右訴訟代理人弁護士 祝部啓一
右訴訟復代理人弁護士 菅原弘毅
被控訴人(原告) 玉熊義治
右訴訟代理人弁護士 鈴木宏一
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担する。
事実
(申立)
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
(主張)
当事者双方の主張は左記のとおり附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一、控訴人の主張
商法二〇条一項による商号専用権の行使には、少なくとも、一地方において広く認識されている商号、すなわち、周知性のある商号を自己の商号として使用することが要件とされているものと解すべきである。しかるに、被控訴人の商号は全く周知性がない。原判決が被控訴人の不正競争防止法一条一項二号に基づく請求に対する判断を示さなかったこと自体、被控訴人の商号が周知性を欠いていることの証左である。
二、被控訴人の反論
商法二〇条一項の不正競争の目的を認定するために商号の周知性を要するか否かについて、学説は分れているが、同条による商号使用差止の要件は不正競争の目的の存在であって、商号の周知性はその判断の一要素に過ぎず、その他の要件から不正競争の目的を認定できる場合には、仮に、既登記商号の周知性が低いとしても、差止請求は認容されなければならない。
(立証)<省略>
理由
一、<証拠>によると、被控訴人が昭和五三年四月六日「うな久飲食店」という屋号につき、青森市大字油川字大浜二三六番地を営業所とし、うなぎ、どじょうの専門料理の飲食店経営を営業の種類とする商号の登記を受けたことが認められ、控訴人が同月一〇日から同市古川三丁目三番一一号において、川魚、うなぎ料理を主とする飲食店営業を始めたことは、当事者間に争いがない。
次に、<証拠>によると、控訴人は電話帳に自己の営業を「うな久」として登載し、看板、暖簾、マッチ箱、箸袋、容器等の営業用物件に「うな久」の名称を入れていることが認められ、右認定に反する証拠はない。してみると、控訴人は自己の飲食店営業につき「うな久」なる商号又は「うな久」なる屋号を用いているものということができる。控訴人は自己の商号は「うな久」であると主張するが、商号は文字をもって標記しうべきものであることを要するところ、自体は記号であって文字ではないから、これをうな久に加えて用いても、その全体を商号として認めることはできない。
二、そこで、被控訴人の登記された商号である「うな久飲食店」と被控訴人の商号「うな久」が同一か否かを判断するに、後者は前者の文字から「飲食店」の三文字を省いたものに過ぎず、飲食店は普通名詞であるから、両者自体の比較において、一般取引上混同誤認のおそれのある商号と解され、したがって、後者は商業登記法二七条にいう同一市町村内において同一営業のため他人が登記したものと判然区別できない商号であり(被控訴人の営業所と控訴人の営業所が同一市内にあることは、当事者間に争いがない。)、結局、前者と同一の商号というべきである。そうすると、商法二〇条二項の規定により、控訴人はうな久の商号の使用につき、不正競争の目的をもってするものと推定されるところ、控訴人はこれを争うので、以下に、控訴人に右の推定に対する反証があるか否かを判断する。
三、<証拠>によると、
1. 被控訴人は昭和五二年七月一五日青森保健所長の許可を受け、前記営業所において、うな久の商号で、うなぎ、どじょう料理などの飲食店営業を開始したこと。その際、被控訴人は五十音別電話帳に自店「うな久」として登載し(ただし、職業別電話帳には自店を登載しなかった。)、青森市の油川地区に開店のちらしを配布したこと。
2. 控訴人は昭和五三年一月頃から本件店舗の開店を準備し、自分の名前が久太郎で家の紋がであるところから、うな久を屋号として選んだこと。控訴人は昭和五三年四月一〇日の開店に先立つ一〇日位前、地元新聞に開店の広告を出したところ、開店後間なく、被控訴人からうな久の名称を使用しないようにと抗議の電話を受けたが、店舗の看板、暖簾、備品、什器等にうな久の屋号を入れてしまった後であるし、後記のように、自店と被控訴人の店舗とは距離があり、客筋も異なると考えて、そのまま右屋号を使用していること。
3. 被控訴人の店舗は河川改修工事の対象地域に含まれたため、昭和五四年九月取壊され、同年一〇月青森市大字油川字浪返一五九番地の借家に移転し、新装開店したこと。
4. 控訴人の店舗と被控訴人の移転前及び移転後の店舗とは、直線距離にして約六キロメートル隔り、前者は青森市の中心街に位置するのに対し、後者は同市の新市街地にあること。
5. 双方の営業とも支店はなく、店舗面積、従業員数等の点からみても大規模なものではないが、どちらかというと、控訴人の店舗はうなぎ、どじょう、川魚の専門料理店であるのに対し、被控訴人の店舗は大衆食堂風で、前記のように店舗の所在を移転してからは、うなぎ、どじょう料理のほか、やきとり、チャーハン、ラーメン等も出していること。また、控訴人の開店により被控訴人の顧客が控訴人の方へ移った事実はなく、控訴人の店舗を被控訴人の店舗と間違えて料理の注文した者のないこと。
以上の諸事実を認定することができ、右認定に反する証拠はない。
右の事実関係及び前記一に認定した被控訴人の商号が登記された時期によって考察するに、控訴人の営業と被控訴人の営業とは、同一市内で行っているとはいうものの活動地域が別で、おのずから、対象とする顧客の範囲も異なるので、競業関係にあるとはいえず、したがって、控訴人が自己の営業にうな久又はうな久の名称を使用したとしても、商法二〇条一項の不正競争の目的をもってしたものとすることはできない。
四、更に、被控訴人の商号が青森市の全域は勿論同市の中心部においても、広く認識されていたものと認めるべき証拠はないから、被控訴人の不正競争防止法一条一項二号の規定に基づく差止請求もまた理由がなく、認容することができない。
五、以上のとおりであって、被控訴人の本訴請求は理由がなく棄却すべきであるのにかかわらず、これを認容した原判決は失当であるから、本件控訴は理由がある。
よって、民事訴訟法三八六条により原判決を取消し、被控訴人の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤幸太郎 裁判官 石川良雄 宮村素之)